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【研究成果】脳を作る研究への細胞提供 ~細胞提供者を守るための研究者への提言~

クレジット:Kanon Tanaka

本研究成果のポイント

  • 近年、ヒトのES細胞*1やiPS細胞*2から立体的な脳組織(脳オルガノイド*3)を作る研究が進展しています。ES細胞やiPS細胞の元となる細胞は市民から提供されるもので、適切な手続きを踏んで細胞提供に同意していただく必要があります。本研究では、ヒト脳オルガノイド研究への細胞提供にあたって適切な同意を取得する手続きのあり方について検討し、提言を行いました。
  • 現に体外で脳組織を作ることに不安を覚える方がおられるため、科学・医学を発展させるためとはいえ、細胞を提供される方の意に反することのないよう、提供された細胞を脳オルガノイド研究に用いる際は慎重な対応が必要になります。本研究では、脳オルガノイド研究を進める際、当該研究に自身の細胞が利用されると明示的に説明された上で同意した方の細胞のみを用いるべきだと論じました。
  • また、将来的にヒト脳オルガノイドが意識を持つ可能性が懸念されています。この可能性に適切な対策が講じられない場合、細胞を提供した方が、倫理的に懸念される研究に意図せず関与してしまう恐れがあります。この事態を防ぐために、ヒト脳オルガノイドが意識を持つ可能性や適切な対策を十分に検討し、細胞提供者にそうした可能性・対策について情報提供を行うなど、安心して細胞を提供できる環境を整えることが求められます。 

概要

 広島大学大学院人間社会科学研究科 片岡雅知 研究員、澤井努 准教授(京都大学高等研究院ヒト生物学高等研究拠点 連携研究者)、マードック・チルドレンズ研究所(オーストラリア) クリストファー・ギンジェル研究員、シンガポール国立大学生命医学倫理センター長 ジュリアン・サヴァレスキュ教授の研究グループは、ヒト脳オルガノイド研究を進める上で細胞提供者から適切に同意を取得する手続きのあり方について検討し、提言を行いました。 

 本研究成果は、2024年2月5日に学術誌「Science and Engineering Ethics」でオンライン公開されました。
 

論文情報

  • 題目: The donation of human biological material for brain organoid research: The problems of consciousness and consent
  • 著者: Masanori Kataoka1, Christopher Gyngell2,3,4, Julian Savulescu2,3,5,6, Tsutomu Sawai1,5,7*
    1:広島大学大学院人間社会科学研究科
    2:Biomedical Ethics Research Group, Murdoch Children’s Research Institute, Melbourne, Australia
    3:Melbourne Law School, The University of Melbourne, Melbourne, Australia
    4:Department of Paediatrics, The University of Melbourne, Melbourne, Australia
    5:Centre for Biomedical Ethics, Yong Loo Lin School of Medicine, National University of Singapore
    6:Faculty of Philosophy, The University of Oxford, Oxford, UK
    7:京都大学高等研究院ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi)
    *:責任著者 
  • 雑誌: Science and Engineering Ethics
  • URL: https://link.springer.com/article/10.1007/s11948-024-00471-7
  • DOI: https://doi.org/10.1007/s11948-024-00471-7

背景

 近年、ヒト脳オルガノイド(体外で作製される立体的なヒト脳組織)研究が急速に進展しています。この研究は脳の発生過程の解明につながるほか、脳に関連する疾患の原因の解明、創薬・治療法の開発にも貢献しています。また将来的には、再生医療や、コンピュータとの統合による次世代のAI開発などへの応用も期待されています。ヒト脳オルガノイドはES細胞やiPS細胞から作られますが、通常、これらの細胞の元となる細胞は市民から提供されます。そのため、ヒト脳オルガノイド研究を進めるうえで、細胞提供者から適切に同意を取得することが重要となります。

研究成果の内容

 こうした状況の下、本研究では、ヒト脳オルガノイド研究を進めるうえで細胞提供者から適切に同意を取得するための手続きのあり方について検討を行いました。
 ヒト脳オルガノイド研究が進展するにつれて、それが将来的に意識を持つのではないかという倫理的課題が提起されています。近い将来にこうした意識を持つ可能性は低いと思われますが、わずかでもその可能性があることに不安を覚えたり、体外で脳組織を作ることそれ自体に不安を覚えたりする方がおられます。こうした方々が科学・医学の発展のために細胞を提供する際、自身の細胞が意に反して脳オルガノイド研究に利用されることのないような枠組みが必要です。そうした細胞提供時の同意取得の手続きについて、本研究では3つの提言を行いました。

提言1 : 研究者は脳オルガノイド研究に細胞を利用することを明示した上で同意を取得する

 一部の医療・研究機関で採用されている「包括同意」という同意取得の方法において細胞提供者は、自身の細胞が多様な科学・医学研究に利用されることに同意します。しかし、この方法は個々の研究について詳しい説明を行わないため、細胞提供者の意に反してヒト脳オルガノイド研究に自身の細胞が用いられる可能性があります。このことを防ぐため、提供された細胞をヒト脳オルガノイド研究に用いようとする場合には、研究者はそのことを細胞提供者に明示的に説明することが推奨されます。

提言2 : 研究者はヒト脳オルガノイドが意識を持つ可能性とそれへの対策について細胞提供者に十分な情報提供を行う

 将来的には、ヒト脳オルガノイドが意識を持つ可能性が高まるかもしれません。また、ごくわずかでもその可能性がある場合には細胞を提供したくないという方がおられます。こうした方の意思を尊重できるよう、研究者はヒト脳オルガノイドが意識を持つ可能性と、またその可能性に対してどのような対策がなされるかを、十分に説明することが推奨されます。

提言3 : 研究者は倫理的監督の下、ヒト脳オルガノイドが意識を持つ可能性に対して適切な対策を講じる

 将来的に、仮にヒト脳オルガノイドが苦痛を感じるような場合、それに対して不必要な苦痛を与える研究には、動物に対して不必要に苦痛を与える研究と同様の倫理的な問題が生じます。こうした状況では、ヒト脳オルガノイド研究に細胞を提供した方が倫理的課題を抱える研究に意図せず関与してしまう恐れがあります。こうした事態を防ぎ、細胞提供者がヒト脳オルガノイド研究に安心して細胞を提供できるよう、研究者はヒト脳オルガノイドが意識を持つ可能性に関して適切な対策を講じることが推奨されます。

今後の展開

 研究者の間では、近い将来にヒト脳オルガノイドが意識を持つ可能性は低いと考えられています。しかし、現状でも体外で脳組織を作る研究に不安を覚える方はおられます。こうした方々の細胞が自分の意に反してヒト脳オルガノイド研究に利用されないように、またヒト脳オルガノイド研究の推進を支持される方でも不安を抱くことなく研究に協力できるように、適切な同意取得の手続きを整備していく必要があります。本研究グループは、ヒト脳オルガノイドに関する社会調査や、当該研究の倫理的課題の多角的検討を通じて、責任のある研究開発に向けた環境整備に貢献していきます。

用語解説

*1 : ES細胞
精子と卵子の受精後5〜7日が経過した胚盤胞から内部細胞塊を取り出して人工的に作られる多能性幹細胞。自己増殖能(無限に増殖する能力)と他分化能(体を構成する全ての細胞に分化できる能力)を持つ。

*2 : iPS細胞
皮膚や血液の細胞に複数の遺伝子を導入して人工的に作られる多能性幹細胞。

*3 : 脳オルガノイド
ES細胞やiPS細胞などを培養してつくられる立体的な脳組織。ES細胞を利用する場合にはその元となる受精卵の提供を、iPS細胞を利用する場合にはその元となる血液や皮膚の細胞の提供を必要とする。
 

【お問い合わせ先】

 大学院人間社会科学研究科 澤井 努 准教授 
 Tel : 082-424-6348 FAX : 082-424-0752
 E-mail : tstmsw*hiroshima-u.ac.jp
 (注: *は半角@に置き換えてください)


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