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【研究成果】ホヤの心臓の拍動方向が反転する原理を解明

本件のポイント

  • ホヤは、我々ヒトを含む背骨をもった動物(脊椎動物)に最も近縁な無脊椎動物です。ホヤの心臓は私たちの心臓と“できかた”の面で多くの類似点がありますが、ホヤの心臓には「拍動方向が定期的に反転する(→それにしたがって血流方向も反転する)」という奇妙な性質があることが200年前から知られていました。
     
  • 私たちは今回、ホヤの心臓の拍動パターンを詳細に分析し、心臓管の両末端に見つかった“ペースメーカー”がそれぞれ「異なる周期でリズムを変調させる」性質をもつことで拍動方向の反転が起こる、という根本原理を明らかにしました。
     
  • 本学の大学院生(当時、岩手大学大学院連合農学研究科(弘前大学所属))の藤掛雄馬さんが、大阪大学大学院理学研究科の大学院生(当時)の福田啓太さんの協力を得て、本学(弘前大学)農学生命科学部の西野敦雄教授、広島大学大学院統合生命科学研究科の藤本仰一教授および松下勝義特任准教授、近畿大学工学部の岩谷靖教授とともに研究を行い、200年越しの謎を解く発見が得られました。この成果は4月29日にJournal of Experimental Biology誌(英国実験生物学雑誌)に発表されました。
     

図1:カタユウレイボヤ(左)とその心臓(右)
青枠は心臓の位置、黄矢尻は心臓管を示す。
 

図2:ホヤ心臓の拍動反転の仕組みの概略図

概要

 ホヤは、海底の岩などにへばりついて生きている無脊椎動物ですが、実は、地球上に生息する多種多様な無脊椎動物の中で、最も、我々ヒトを含む背骨をもった動物(=脊椎動物)に近縁な動物群であると判明しています。ホヤの体の中にも心臓があって、たった一層の細胞のシートからなるU字型の管(くだ)の形をしており、せっせと血液を送り出しています(図1)。この心臓管の一方の端はH端(鰓の下にある末端)、もう一方の端はV端(胃の近くにある末端)とよばれ、心臓の拍動は、この心臓管の一方の末端から他方の末端に向けて起こり、それによって管の中にある血液が流れます。
 このホヤの心臓と我々ヒトの心臓は、ほとんど同じ仕組みを使って形づくられることが知られ、共通の進化的起源をもつと考えられてきましたが、他方で、ホヤの心臓は「拍動方向が定期的に反転する(→それにしたがって血流方向も反転する)」という奇妙な性質をもつことが古くから知られていました。(我々の心臓で、拍動方向が変わって血流が反転したら大変です!) 最初にホヤの仲間の心臓で拍動方向の反転が報告されてから200年以上経ちますが、ホヤの心臓がどのような仕組みで拍動方向を反転させるのか、未解明の謎のまま残されていました。
 本学の大学院生(当時、岩手大学大学院連合農学研究科(弘前大学所属))の藤掛雄馬氏は、西野敦雄教授の指導の下、近畿大学工学部の岩谷靖教授の協力を得て、ホヤの一種であるカタユウレイボヤの心臓管を用い、その一部を切り出して長時間、拍動パターンを分析する手法を確立しました。さらに藤掛氏は、この手法をさまざまな心臓片に対して適用することで、(1)心臓管の両末端の細胞群にのみ、自律的で持続的な拍動リズムを刻む“ペースメーカー”能が備わっていること、(2)より高い周波数のリズムを発する側の “ペースメーカー”が拍動の起点になること、(3)それら末端の“ペースメーカー”が刻む拍動リズムが「互いに異なる周期で自律的に変調する」ことを見出しました。
 さらに大阪大学大学院理学研究科の大学院生(当時)の福田啓太氏は、広島大学大学院統合生命科学研究科の藤本仰一教授と松下勝義特任准教授の指導の下、藤掛氏が得たデータに基づいて、末端にペースメーカーが存在する“ホヤ心臓モデル”をコンピュータ上に構築し、そのコンピュータ・モデル上で、両末端のリズムの変調が拍動方向の反転の必要十分条件になることを証明しました。以上のことは、 200年来、謎のまま残されていた、ホヤ心臓の拍動反転現象の根本原理が明らかになったことを示すと考えられます(図2)。
 興味深いことに、我々の心臓にも洞房結節と房室結節という二つのペースメーカー領域が存在し、洞房結節が発するリズムが他方に対して速いゆえに、より上位のペースメーカーとして働くことが知られています。このことは、我々の心臓もまた、ホヤの心臓で明らかになったシステムと共通する原理で支えられていることを示唆します。
 また我々の体では、心臓の拍動リズムばかりでなく、呼吸、睡眠-覚醒、咀嚼、歩行、腸の蠕動、排卵など、さまざまなリズムが同時並行的に、複合的に動作し続けており、「生きている」ことそのものが「複合的リズムの発露」であるとも考えられます。実際、ある種の睡眠時無呼吸症候群においては、深い呼吸を行う時間と無呼吸の時間を繰り返すような周期的なリズムの変調が見られると報告されています。本研究の成果は、ホヤの心臓が備える奇妙な性質の解明に大きな前進をもたらしたばかりでなく、我々の体を支配するリズムの生成原理に重要な理解を与えるものと考えられます。

 なお本研究は、科学研究費補助金(20K06713、22H04827、23K05843、23KJ0080)、および弘前大学若手研究者支援事業および異分野連携若手研究支援事業、岩手連大学生研究支援経費の支援の下で遂行されました。また、ナショナルバイオリソースプロジェクト(NBRP、国立研究開発法人日本医療研究開発機構AMED)、山田科学振興財団、住友財団、積水インテグレーテッドリサーチにも研究に対するご支援をいただきました。本成果は、英国The Company of Biologistsが発行する伝統ある科学雑誌Journal of Experimental Biology誌において発表されました。
 

論文情報

論文タイトル:Pulsation waves along the Ciona heart tube reverse by bimodal rhythms expressed by a remote pair of pacemakers(カタユウレイボヤの心臓管に沿った拍動の波は離れた位置にある一対のペースメーカーが発するバイモーダルリズムによって逆転する)

著者:Yuma Fujikake, Keita Fukuda, Katsuyoshi Matsushita, Yasushi Iwatani, Koichi Fujimoto, Atsuo S. Nishino(藤掛雄馬,福田啓太,松下勝義,岩谷靖,藤本仰一,西野敦雄)

掲載雑誌:Journal of Experimental Biology (2024) jeb.246810
(DOI: 10.1242/jeb.246810)
 

【お問い合わせ先】

 弘前大学農学生命科学部生物学科 
 教授 西野 敦雄 
 電話・FAX: 0172-39-3590    
 E-mail: anishino*hirosaki-u.ac.jp

 広島大学大学院統合生命科学研究科 数理生命科学プログラム 
 教授 藤本 仰一
 電話・FAX: 082-424-7346  
 E-Mail: kfjmt*hiroshima-u.ac.jp

 (注: *は半角@に置き換えてください)


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