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【研究成果】中性子星の自転が突然速くなる起源を探る:トポロジーと量子渦ネットワーク

本研究成果のポイント

  • 中性子星(パルサーともいう)において、自転が突然速くなるという現象(グリッチ)がある
  • グリッチの起源として、中性子星の内部の量子流体がつくる巨大な量子渦ネットワークの形成を世界で初めて提案した
  • 天文学で観測されているグリッチの統計的な性質を説明して、ミクロな系のトポロジカルな量子現象が天体のようなマクロな系に現れることを解明した

概要

 本研究では、中性子星の内部の量子流体解説1が導く巨大な量子渦ネットワークのもつ統計性を世界で初めて発見しました。中性子星は、非常に密度が高く、高速で回転する小さな天体です。中性子星の自転が突然急激に加速するという現象(グリッチ)がなぜ起こるのか謎でした。私たちは、中性子星の二つの異なった種類の量子流体による量子渦解説2が巨大なネットワークを形成することを見出しました。この巨大な量子渦ネットワークが形成される規模を数値シミュレーション計算で調べることによって、モデルの詳細によらずに、天文学で観測されているグリッチの統計性を説明することに成功しました。
掲載論文:Pulsar glitches from quantum vortex networks, Giacomo Marmorini, Shigehiro Yasui, Muneto Nitta, Scientific Reports 14, 7857 (2024), https://doi.org/10.1038/s41598-024-56383-w(2024年4月3日掲載)

背景

 中性子星は、非常に密度が高く、高速で回転する小さな天体です。中性子星は1967年にパルサー(規則正しいリズムで電磁波を放出する天体)として発見されました。中性子星の質量は太陽の1.4倍から2倍近くもあり非常に重いにもかかわらず、大きさはたったの10キロメートル程度しかありません。中性子星は非常に高密度の物質(原子核が溶けたような物質)で出来ており、この物質の主成分は原子核中の中性子であると考えられています。そのため、中性子星を理解するためには中性子の量子解説3としての性質が重要です。また回転速度はとても速く、速いものでは1秒間に千回転もします。さらに磁場がとても強く、地球の磁場の一兆倍にもなります。中性子星は、地上には存在しない究極的な物質を研究する舞台として、世界中の天文学者や物理学者たちの興味を集めてきました。
 この小さな天体には長年の未解決の問題がありました。それは、中性子星の自転が突然急激に速くなるという現象の起源です。私たちの地球は一年のあいだ休むことなく規則正しく自転します。これに対して、中性子星の場合は自転の速さは徐々に遅くなるなかである日突然速くなることがあります。このような現象は「グリッチ」と呼ばれています。なぜ中性子星の自転は突然速くなるのでしょうか?これまで中性子星のグリッチは天文学の多くの観測実験によって報告されてきましたが、グリッチの起源は大きな謎でした。

 中性子星のグリッチの重要な特徴の一つは統計性としてスケーリング則解説4をもつことです(図1)。これまで蓄積された研究の結果、エネルギーEを持つグリッチの確率的な分布はスケーリング則P(E)≈E^(-α)に従うことがわかりました。さらに最新の観測データを含めると私たちの再解析によってスケーリング則の指数はα≈0.88±0.03であることがわかりました。これまでも「渦糸の雪崩的ピン止め外れ」説等が提案されていましたが、このスケーリング則を説明することは難しい研究課題でした。
 

研究成果の内容

 中性子星のグリッチのスケーリング則を解明するために、私たちは、中性子星の内部の性質として量子流体による量子渦に注目しました。量子渦は水中にできる渦と同じような構造をもちます。ただし、水中の渦は通常すぐに消えてしまいますが、量子渦はトポロジー解説5という性質をもつために壊れずに安定に存在し続けます。中性子星の内部には、1019本という莫大な数の量子渦がひとつの回転方向に揃って並んでおり、隣の渦同士の距離はおよそ1マイクロメートル(1ミリの千分の1)という近距離のためぎっしりと詰まっています(図2)。

 量子流体は粘性がゼロのため、永遠に回り続けるという不思議な性質があります。中性子は二つずつ対を組むことによって量子流体になりますが、その際、S波対とP波対解説6と呼ばれる二種類の組み方があり、中性子星の内部の外側(クラスト)ではS波対、内側(コア)ではP波対という二重構造をもちます。今回の研究で、私たちは、「S波対は1本の量子渦(整数渦)を作ること」と「P波対は2本の量子渦(半整数渦)をつくること」という二つの異なる性質に着目しました。

 私たちは、S波対の量子渦とP波対の量子渦は複雑に絡み合うことを見出しました。クラストとコアの違いに着目して両者がどのように絡まるのかを見てみましょう。クラストからコアに向かってS波対の1本の整数渦からP波対の2本の半整数渦に別れます。このような構造はブージャムと呼ばれています(サボテンを想像して下さい)。反対側でコアからクラストに向かうと、この2本の半整数渦が再びくっつくことになりますが、多量の量子渦が存在するために、他の2本の半整数渦の一方とくっつく場合があります。このため量子渦は隣同士で絡み合った状態になります。このような考えに基づいて、私たちは、量子渦は中性子星全体において複雑で巨大なネットワークを形成するという理論仮説を立てました(図3)。そして、この巨大なネットワークの回転の勢いがコアからクラストへ突如移行することで、中性子星の自転が突然速くなってグリッチが起こると考えました。

 実際に量子渦のネットワークの分布について数値的にシミュレーション計算をしてみると、期待されていたスケーリング則を見つけて、その指数としてα≈0.8±0.2という値を得ました。これは天文学の観測データに基づく値であるα≈0.88±0.03に非常に近い値です。このように量子渦による巨大なネットワークは中性子星のグリッチを自然に再現することが示されました。
 

今後の展開

 今回の発見の重要なポイントは、物質や模型のパラメーターの詳細によらずに単純な仮定からスケーリング則およびその指数を理論的に導出することができたことです。本来、電子などのミクロな系のみに現れると思われていたトポロジカルな量子現象が、天体のようなマクロな系にも現れるというのは大変興味深いです。全く異なる大きさの二つの世界がトポロジーを通してみると表裏一体であるという考えは、我々の自然観の新たな基盤になるかもしれません。

発表者・研究者等情報

日本大学文理学部
 Giacomo Marmorini ポスドク研究員

広島大学 持続可能性に寄与するキラルノット超物質国際研究所(WPI-SKCM2)
 安井 繁宏 ポスドク(研究当時)
  現 二松学舎大学 国際政治経済学部・准教授
 新田 宗土 特任教授
   慶應義塾大学 日吉物理学教室・教授、自然科学研究教育センター・所員

【参考資料】

図1 観測された中性子星のグリッチのスケーリング則

図2 (a) これまで考えられていた中性子星の内部の量子渦の構造, (b)今回新しく提案された整数渦(IQV)および半整数渦(HQV)の構造

図3 整数渦(IQV)と半整数渦(HQV)がつくる量子渦ネットワークの模式図

用語解説

解説1量子流体(超流動体ともいう):20世紀初めに冷却したヘリウムで発見された量子的な状態です。量子流体は揃っている位相をもつために抵抗をもたない(粘性がない)流体であるという興味深い性質をもちます。類似的な状態として金属の超伝導(電荷をもつ量子がつくる量子流体)があり、そちらは電気抵抗がゼロで電流が流れるため、応用上、非常に重要です。中性子星の量子流体は、Migdal(1960年)や玉垣-高塚ら(1970年頃)による先駆的な研究を初めとして現在も世界中で活発に研究されています。

解説2量子渦:量子流体が回転することによって生じる紐状の(1次元的な)欠陥です。渦の中心部は通常の流体ですが、そこから遠く離れると量子流体になる、という空間的な構造をもちます。量子渦は高いエネルギーをもつ状態ですが、トポロジーの性質をもつために安定に存在することができます。

解説3量子:ミクロな世界で粒子は点としての性質だけではなく波の性質もあわせもちます。これを量子といいます。代表的な量子として電子、原子、核子(陽子、中性子)などがあります。量子は量子力学という法則に従うことが知られています。

解説4スケーリング則:フラクタルに代表されるように階層性と構造安定性を兼ね備えた複雑系に広く見られる現象であり、平均値のような明確な尺度をもたないことが大きな特徴です。スケーリング則の有名な例として、地球上の地震の規模の分布(グーテンベルグ-リヒターの法則)や、経済における企業の規模や人々の収入の分布(パレートの法則)があります。パレートの法則に従うと、社会全体の8割の財産が2割の人々に集中することが知られています(2:8の法則)。

解説5トポロジー:数学で発見された概念で、トポロジーは空間や物体が連続的に変形しても変わらない性質を表します。トポロジーを表す有名な例として、「穴の空いたドーナツ」と「持ち手のついたマグカップ」の形状がトポロジーとして同じものであることが知られています。飲む・食べるといった機能性を忘れて「形状」だけに着目すると、ドーナツを連続的に変形していってマグカップに変えることができるし、逆方向の変形も可能なので、両者は穴がひとつ空いているという意味で同じです。

解説6S波対とP波対:中性子はフェルミオン(粒子の入れ替えに対して反対称)のため、対を組むことによってボソン(粒子の入れ替えに対して対称)になり量子流体になることができます。(金属の超伝導では、電子が対を組みます。)このとき、「お互い回っていない対(S波対)」と「お互い回っている対(P波対)」の二種類が存在します。今回の研究には直接関係ありませんが、P波対はトポロジカル超流動・超伝導という著しい性質を持っています。
 

【お問い合わせ先】

<研究に関すること>
 広島大学 持続可能性に寄与するキラルノット超物質国際研究所(WPI-SKCM2)
 特任教授 新田 宗土
 Tel:045-566-1321
 E-mail:nitta*phys-h.keio.ac.jp

 広島大学 持続可能性に寄与するキラルノット超物質国際研究所(WPI-SKCM2)
 ポスドク(研究当時)
 現 二松学舎大学 国際政治経済学部・准教授
 安井繫宏
 TEL:03-3261-1382 (内線番号726)
 E-mail:s-yasui*nishogakusha-u.ac.jp

<報道(広報)に関すること>
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 慶應義塾大学 広報室
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 E-mail:m-koho*adst.keio.ac.jp
(注:*は半角@に置き換えてください。)


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