思春期特発性側弯症(AIS)の原因遺伝子LBX1が側弯を引き起こす仕組みを解明

平成28年1月26日

国立大学法人広島大学
国立大学法人京都大学
国立研究開発法人理化学研究所
国立大学法人金沢大学

思春期特発性側弯症(AIS)の原因遺伝子LBX1が側弯を引き起こす仕組みを解明
~AIS治療法の確立へ期待~

本研究成果のポイント

  • 思春期特発性側弯症(AIS)(※1)と強く相関する一塩基多型(SNP)(※2)rs11190870を含むゲノム領域は、LBX1遺伝子(※3)のプロモーターに働きかけて発現を上昇させることが明らかになりました。
  • LBX1の過剰発現が思春期特発性側弯症の病態に関与していることが示されました。今回の研究成果は、思春期特発性側弯症の治療法の確立へ向けた糸口になると期待されます。

概要

広島大学大学院医歯薬保健学研究院 宿南 知佐教授(広島大学ゲノム編集研究拠点メンバー、京都大学再生医科学研究所 客員教授)、山下 寛助教、京都大学再生医科学研究所 郭 龍研究員、開 祐司教授、金沢大学学際科学実験センター 堀家 慎一准教授、広島大学大学院理学研究科 山本 卓教授(広島大学ゲノム編集拠点リーダー)、理化学研究所 池川 志郎チームリーダーらの研究グループは、思春期特発性側弯症(AIS)と強く相関するrs11190870のリスクアレルは、近傍にあるLBX1の発現を上昇させることを明らかにしました。また、ヒトLBX1とそのゼブラフィッシュ相同遺伝子(lbx1a、lbx1b、lbx2)の過剰発現が、ゼブラフィッシュの体軸変形を引き起こす原因になることを示しました。さらに、lbx1bをゼブラフィッシュの筋肉以外の内在性発現領域でモザイク状に発現させると、脊椎骨の奇形を伴う側弯と脊椎骨の形態異常を伴わないAISによく似た側弯が誘導されることが分かりました。
今回の結果は、思春期特発性側弯症の治療法の確立につながることが期待されます。
本研究成果は、1月29日午前4時(日本時間)、米国の科学雑誌『PLOS Genetics』(オンライン版)に掲載される予定です。

発表論文

論文タイトル
Functional investigation of a non-coding variant associated with adolescent idiopathic scoliosis in zebrafish: elevated expression of the ladybird homeobox gene causes body axis deformation

著 者
郭 龍1、山下 寛2、黄 郁代3、滝本 晶1、目黒-堀家 牧子4、堀家 慎一4、佐久間 哲史5、三浦 重徳1、安達 泰治6、山本 卓5、池川 志郎3、開 祐司1、宿南 知佐1,2(*)
 1. 京都大学再生医科学研究所生体分子設計学
 2. 広島大学大学院医歯薬保健学研究院
 3. 理化学研究所統合生命医科学研究センター骨関節疾患研究チーム
 4. 金沢大学学際科学実験センター遺伝子研究施設
 5. 広島大学大学院理学研究科
 6. 京都大学再生医科学研究所附属ナノ再生医工学研究センター
 (*)Corresponding author(責任著者)

掲載雑誌
PLOS Genetics

DOI番号
10.1371/journal.pgen.1005802

背景

脊柱側弯症(※4)は、背骨が側方に曲がりねじれる病気です。発生頻度が高く、進行すると治療が大変なため法律で検診を行うことが定められています。脊柱側弯症のほとんどは、原因不明(特発性)の思春期特発性側弯症(AIS)と呼ばれるタイプです。10歳以降の成長期に発症するAISは、特に女性に多い疾患で、日本人の約2%に見られます。AISは、進行すると腰背部痛や呼吸機能障害を起こし、装具や手術療法が必要となるので、思春期の患者さんとその家族に非常に大きい肉体的、精神的、経済的な負担をかけています。
理化学研究所統合生命医科学研究センター骨関節疾患研究チームの池川志郎チームリーダーらは、2011年にゲノムワイド相関解析(GWAS: Genome Wide Association Study)(※5)によって、AISと強く相関する一塩基多型(SNP) rs11190870を発見しました(Nature Genetics 43, 1237-40, 2011/ doi:10.1038/ng.974)。rs11190870の近くには、LBX1という遺伝子が存在しますが、AIS発症との機能的な関連性は、まだ分かっていませんでした。AISの病態を理解するには、LBX1rs11190870がどのようにAISの発症に関わっているかを個体レベルで解明することが望まれていました。

研究成果の内容

今回、研究グループは、Chromosome conformation capture法(※6)やLuciferase法による解析によって、rs11190870を含むゲノム領域がヒトLBX1遺伝子のプロモーター領域と相互作用し(図1)、LBX1遺伝子の転写を上昇させることを明らかにしました。
次に、遺伝子注入などの操作が容易で、胚が透明で観察しやすいゼブラフィッシュを用いて、AISの疾患感受性遺伝子の有力な候補であるLBX1とそのゼブラフィッシュ相同遺伝子(lbx1a、lbx1b、lbx2)の機能を解析しました。これらの遺伝子をゼブラフィッシュに過剰発現させると、胚の体軸が弯曲することが分かりました。最も重篤な体軸の弯曲はlbx1bの過剰発現によって誘導され、発現量と変形の程度は正に相関していました(図2)。TALENを用いたゲノム編集によって作成したlbx1bの欠失体では、体軸形成の異常は観察されませんでした。
lbx1bを過剰発現したゼブラフィッシュでは、非古典的Wntシグナル経路(※7)のリガンドであるwnt5bの発現が減弱し、体軸形成に重要な役割を果たしている収斂伸張運動(※8)を遅らせることも明らかになりました。この時、wnt5bの下流で機能するRhoAを同時に発現させると、lbx1b過剰発現による体軸変形が一部回復しました。lbx1bの内在性エンハンサーを用いて、lbx1bをモザイク状に発現させると、多くの個体で椎骨奇形を伴う側弯が観察されました。一方で、椎骨奇形を伴わずに成長に伴って体軸が弯曲しAISに似た側弯を示す個体も観察されました(図3)。興味深いことに、AISに似た異常を示す個体には、ヒトのAISと同様に、メスが多いことが分かりました。
このように、今回の研究によって、LBX1とAIS発症のメカニズムの一端が明らかになりました。

今後の展開

多因子遺伝性疾患であるAISの疾患感受性遺伝子は、LBX1以外にも報告されていますが、どの遺伝子がいつ、どこで、どのようにして、どの程度作用することによって、AISの発症に関与しているかは、まだほとんど明らかにされていません。今回、LBX1の過剰発現が、モデル生物であるゼブラフィッシュの体軸変形を引き起こすこと、ならびにlbx1bがモザイク状に発現するゼブラフィッシュではAISに類似した側弯が誘導されることが示されました。今後は、このモデルを用いて、LBX1の過剰発現がヒトのAISをどのように起こすかをさらに調べていく必要があります。最近では、ゼブラフィッシュを活用したin vivoハイスループットスクリーニングによる新しい薬の探索が世界中で行われています。今回の研究の結果は、将来的には、AISの治療に有効な分子の発見につながる可能性があると期待されます。

参考資料

図1
図1

図1. Chromosome conformation capture法により、AISと強く相関するSNP(rs11190870)がLBX1遺伝子のプロモーター領域と相互作用することが確認できた。

図2

図2. lbx1bの発現量(GFP intensity: 右)に相関して、体軸の弯曲の程度が重度になる(左)ことが示された。

図3

図3. 内在性エンハンサーを用いてモザイク状にlbx1bを発現させると、椎骨奇形を伴う側弯(CS、上段)や、椎骨奇形を伴わずに成長に伴って体軸が弯曲するAISに似た側弯(下段)を示す個体が観察された。

用語説明

(※1)思春期特発性側弯症
原因が不明なことを医学用語で特発性という。側弯症にはさまざまな原因によるさまざまなタイプのものがあるが、そのほとんどは原因が不明の特発性側弯症と総称されるタイプの側弯症である。特発性側弯症の中でも最も頻度が高いのが、思春期(小学校後半から中学生)に発症する思春期特発性側弯症(Adolescent Idiopathic Scoliosis)と称されるタイプである。女子に多くみられ、男子と比較すると約5~7倍の患者数とされている。

(※2)SNP
一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism)の略称。ヒトゲノムは、遺伝情報を示す約30億対の塩基配列を含んでいるが、その配列は個人間で異なっている。その配列の多様性 (variation)を遺伝子多型と呼ぶ。遺伝子多型の中で、4種類ある塩基のうちの一つの塩基が他の塩基に置き換わったタイプもの(例えばあるGがAに、TがGにといったように)をSNPという。

(※3)LBX1遺伝子
LBX1(ladybird homeobox 1)は、胚発生において重要な役割を果たすホメオボックス型転写因子の一つ。ヒトでは胎児期および成人の脊髄や筋肉で発現が確認されており、これまでに感覚神経や筋肉の発生に関与することが報告されている。

(※4)脊柱側弯症
背骨が側方に曲がってしまう病気。正常な背骨は体の前後から見ればほぼまっすぐであるが、側弯症では背骨が左右に曲がる。多くの場合背骨のねじれを伴う。曲がりが
ひどくなると痛みを伴い、日常生活にも支障をきたすようになる。呼吸機能障害をおこすこともある。

(※5)GWAS
ゲノムワイド相関解析(Genome Wide Association Study)の略称。ゲノムに含まれる一塩基多型の遺伝子型を正常者と患者の集団それぞれで決定し、遺伝子型の違いと疾患の相関性を統計的に解析する手法。複数の遺伝子が疾患に関与する場合、その原因遺伝子を解析するのに有効となる。

(※6)Chromosome conformation capture法
染色体上の二つの領域が物理的に相互作用しているかどうかを確認する実験手法。同一染色体の領域だけでなく、染色体間の相互作用も検出することができる。

(※7)非古典的Wntシグナル経路
Wntシグナルは遺伝子発現や細胞増殖など、細胞の運命決定を担い、発生や発がんに深く関与し、β-catenin依存的な古典的Wnt経路と非依存的な非古典的Wnt経路に分けられる。非古典的Wnt経路はRho family低分子量GTPaseの活性調節を行うことで、細胞の極性や運動の制御を担い、胚発生において中心的役割を担っている。

(※8)収斂伸張運動
原腸期において、胚全体に広がっていた中胚葉の細胞が胚の背側に移動し、組織の幅を収斂させ、同時に前後軸方向に移動して組織が伸張する現象。初期発生において体軸の形成を担う重要な現象のひとつ。

お問い合わせ先

広島大学大学院医歯薬保健学研究院 基礎生命科学部門 歯学分野 生体分子機能学
教授 宿南 知佐(しゅくなみ ちさ)
Tel:082-257-5628 FAX:082-257-5629
E-mail:shukunam@hiroshima-u.ac.jp
URL:http://home.hiroshima-u.ac.jp/tnmd/j_html/j_index.html


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